理想の政治家とはどんな人物をさすのか。マックス・ウェーバーの言葉を借りれば、信条倫理と責任倫理の葛藤に懊悩(おうのう)しながらも、歴史の審判に耐える「結果」をもたらすことのできるリーダーということになるだろう。信条倫理には、自らの信条に殉じることも厭(いと)わない熱情がなければならないし、責任倫理には、目的の達成のためには手段を選ばない醒(さ)めた老獪(ろうかい)さが伴わなければならない。要するに、ひとりの人間の中に熱した部分と冷めた部分がなければならないのだ。本書を読めば、まさしくこの葛藤を一身に引き受けながら、死刑囚から大統領の地位へと駆けのぼっていった希有(けう)な政治家の姿が目に浮かぶだろう。その名は金大中。植民地・朝鮮の小さな島で生まれ、やがて実業家から政治家に転身し、迫害、追放、弾圧、亡命、投獄の数限りない試練をくぐり抜け、第15代韓国大統領に就任したのだ。その生涯は、悲惨と栄光あるいは絶望と希望に彩られ、目も眩(くら)むように極端だ。それは、ある意味で現代韓国の極端な時代そのものを象徴している。
それでは、この極端な時代の申し子とも言える金大中は、どのようにして「人間力」を鍛え、信条倫理の人となったのか。自伝はある意味でこの問いに答える告白でもある。告白は冒頭からはじまる。非嫡子(ちゃくし)であり、妾宅(しょうたく)で生まれたという出生の秘密。この秘密から始まって、金大中の人生は、まるで明と暗の綾(あや)なすつづれ織りのように、肉親や妻、子供や親友、政友や政敵など、夥(おびただ)しい数の人びととの数奇な邂逅(かいこう)と別離に満ちている。そこには、弱さや恥も含めて、「人間的な、余りにも人間的な」金大中がいる。やがて彼は人間観察を研ぎすまし、人にはそれぞれにふさわしい矜持(きょうじ)があり、それを尊重する社会が実現されなければならないという確固とした信念を抱くようになっていく。そのヒューマンな理想こそが彼の民族主義を支え、民主主義への熱い想(おも)いとなって迸(ほとばし)っているのである。
だが、ただ高邁(こうまい)な理想を説くだけの進歩的な政治家ではなかった。ましてやその理想のためには、過激な変革も辞さないとする革命家でもなかった。彼はある意味で保守的な政治家だったのだ。歴史が逆説に満ち、人びとの純粋な意図や目的をあざ笑うように、過酷な結果を突きつけてくることを誰よりも熟知していた。政敵との和合や大国との虚々実々の駆け引きなど、機会主義者とみられかねない危うい政治的決断も、歴史の知恵に裏づけられていたのだ。「実事求是」という金大中のモットーがそれを物語る。
理想の政治家、あるべきリーダーは一日にして成らず。そう静かに語りかけてくる大著である。
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以上のような書評というか、極端な言葉を並べた文章。いやはや。
架空の書物に対する書評を集めた文集もある
『完全なる真空』スタニスワフ・レム
それに関する「書評」は以下
巻末の『新しい宇宙創造説』はぜひともじっくり読んでみてください。哲学者アヘロプーロスの書いた『新しい宇宙創造説』を元に、
物理学者テスタ教授が発表した新しい宇宙論とは、ビックバン宇宙論を
否定し、自然現象や物理法則は全て《宇宙創造ゲーム》の結果である、
とする革命的なものです。その上でなぜ宇宙は膨張しているのか、なぜ
時間は逆行できないのか、宇宙の沈黙の謎、つまりなぜ知的生命から
のコンタクトがないのか、なぜエントロピーは増大するのか、なぜ光速
を超える移動できないのか等の問題に鮮やかに解答を出しています。
数式を一切用いず平易な言葉で書かれていますが、内容は科学的な
学説に匹敵するものではないでしょうか。
物理学者や天文学者がSFを書いてもお遊びにすぎませんが、
SF作家が本業のレムが作品として『新しい宇宙創造説』を書いては、
科学の異端論を発表したとして、反論の矢面に立たされてしまいます。
そこで彼は実在しない本の中でその説を発表することにしたのであり、
沈黙を守りながら書くという荒業に成功したのです。そのことは巻頭の
『完全な真空』自体の書評の中で種明かしされています。
実際『新しい宇宙創造説』は例外的に書評の形をとっていません。
その理由は明白で、『新しい宇宙創造説』こそがこの本の主要作品なの
であり、架空の本の書評集という形にしたのは、その巻頭に『完全な真
空』自体の書評を掲載することで、『完全な真空』なる本は存在しない
ということにするためなのです!存在しない本の中でだったら、科学の
常識を根底から覆すようなことも活字にできるというわけです!
レムが80年代にノーベル賞受賞を逃したことは非常に残念です。
実はアヘロプーロスとは他ならぬレム自身のことで、この作品を読んで
物理学に革命を起こし、自説の真価を証明してくれるテスタ教授の出現
を待っているのかもしれませんね。
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レムは異常な才能